taaS (tttttahiti as a Software Engineer) Is Dead
2026年8月31日、8年間請けていた STORES での業務委託が終了になった。
※弁明しておくと今日開催された tech conf の話題と共通項がありすぎるんですが昨日書いたものです。
これは僕と取引先だけに限った話ではなく、 AI 登場後の業界一般に関しての話として、時間単位で請求する「業務委託」という契約で生計を立てるのはもう時間の問題だなと感じている。AI を使った開発プロセスは、AI を効率良く並列で働かせるプロジェクトの進捗報告や課題整理が主であり、そして稼働時間というものはその内容擦り合わせのためのコミュニケーションサポートチケットという感覚が近く、従来の工数管理とはかけ離れている。事実ここ1年でアジャイルやスクラムの話をめっきり聞かなくなったし、精緻な見積もりを要求されることがほとんど無くなった。
時間単位請求ではなく成果単位請求に移行する道筋は考えられ得るが、表面的な課題に対する作業を依頼する選択肢としては人間よりも AI の方が融通が効くし、(まだ)安い。AI が入り込めない領域に残る課題は深い顧客理解や執行権限が必要であったり、センシティブな情報を扱うものだったり、ドメインの深い部分や開発慣習などに根差す根幹設計の見直しを要するものだったりする。必然的に付随する責任も重くなり、今まで交わした契約書によく出てくる「ソフトウェアの機能開発とそれに付随する業務」の「付随する業務」で耐えうる内容ではなくなってくる。
結論、限られた権限上で実行できる単純作業を依頼されて時間単位で請求しているだけの働き方は未来が見えない。今人間に必要とされる労働力はマルチか重大な責任を負える必要があるのだ……。
そもそも昨今の AI 事情とか抜きにしても、ソフトウェア開発業務委託の契約書って大体成果物は取引先に帰属するから手元に残らないし、ポートフォリオとして公開しにくく個人の実績として積み上げにくい問題がある。今は過去の職場などで得た人の繋がりという資産を切り崩して人伝いで仕事を貰えているからいいものの、このままキャリアを積み続けられるかはどこかで限界来るかもなと薄々思っていた。
この問題に対し、定説的にはオープンソース貢献なり登壇や執筆といったアウトプットなりセルフブランディングに投資し、市場におけるネームバリューを高めて紹介元を枯渇させない努力をするか、マネタイズ出来る個人開発をやるなどの方法がある。
自分は前者が苦手すぎて、出来るだけそういうのに心を削られないようにしたいのだが、後者に関しては「ソフトウェア」という範疇で作りたいものがあまり無く(心底ソフトウェアに関して受託開発マインドが抜けません)、旅先での暮らしの理想を詰め込んだゲストハウスを地元でやりたいとかイメコンと旅行と美容医療をかけ合わせたパッケージ商品をやりたいとか、全然ソフトウェア関係ないアイデアばかりに興味が向いてしまっている。
そんな自分でもなんだかんだで IT 業界に11年身を置き、自分のプレースタイルは目的指向形で、そのために必要かつ自分が出来ることは時間と手間を惜しまず出来る限り全部やるという、出来ること何でもやるマンみたいな動き方が一番しっくり来ることがわかった。幸い、STORES 含め過去の取引先はそういう性分を理解してくれていたのか結構信じて自分のやりやすいやり方で任せてくれることが多かったので、それは恵まれていたなと思う。(うん、でも結局契約終了になったんでしょ?という鋭いツッコミが抑えられない人はオフレコでお話しましょう。お誘いお待ちしております。)ただそろそろ自分の限られた労働力の投資先としてソフトウェア開発の比重を下げて、得意なやり方や考え方とのマッチングが良い物事に割いてみるのが良いかもと考え始めている。
とりあえず良い?報告として、9月1日からは新しい仕事が決まっている。今度は PdMという肩書にはなるが、自分の特性を活かして課題管理から実装まで手広く着手する予定だ。正直なところ、PdM の基本業務である課題進行や現状説明に苦手意識があるのでそこはバチゴリに不安なのだが、生き残るための変化は必然で、今与えられたチャンスの中で成果を出すという覚悟を決めて、やってみるしかない。そもそも私はデザイナーになるために6年間学校に通っていたのに、紆余曲折あってソフトウェアエンジニアになってしまった身分なので、こういうことは稀によくあるのだった。
まあ一般論として仕事というかキャリア形成は大事なことではあるが、それより私にとって人生で最も大事なことは自分で自分を育て直すことで、そのために好きなことを好きなようにやり嫌いなことを出来る限りやらないという自分との約束事のようなものがあり、そこさえ押さえれば職業や肩書はなんだっていいのかもしれない。(と言っている割には苦手意識があることにチャレンジする機会がちょいちょい訪れるのが人生の難しいところですね)
もっと具体的にいうと銀行が住宅ローンを貸しやすい人物像のような、安定した会社員として真面目に働き平均的な家庭を築いてそこそこの生活の中に幸せを享受する、みたいなライフスタイルに絶対落ち着きたくなくて、最高の家に住みつつ年に4回海外旅行に行って毎月肌管理に10万円使いながら10年ごとに切開フェイスリフトしてぇなとか、あるいはそんな生活をしたりホームパーティするだけでローン返済されるような仕組み作れねぇかなとか、合法的に嫌いな人間を一方的にボコボコにしてぇなとか、リゾート地の砂を売って歌って踊って愉快に暮らせねぇかな、とか考えている。
そしてそんな自分の滅茶苦茶な部分を自分らしく感じるし、愛でている。